地域でやれ!

    わざわざ先生が指導する必要は?


    地域の人が、指導すればよい。

    素人顧問が教えても意味がないだろう。

    滅私奉公を掲げ、時間を先生から奪いとるつもりか。

    指導したい先生は、自宅近くの施設で継続的に指導すれば良い。試合も学校対抗でなく、地域対抗だ。

    施設は学校を含む公的施設を活用すべき。

    制度変更を考えよ。
    部活動は地域に返すべき。






    引用


    http://gudachan.hatenablog.com/entry/2014/02/20/110348

     最近「部活動廃止論」がホットなテーマになっているが、廃止を望む声の大半がただの憂さ晴らしのように見える。

     学校の部活動は、1958年の学習指導要領では生徒の自発的な参加によって行われる活動とされていたが、1970年代からは正規の教育活動となり、平成になってからは必修のクラブ活動は廃止されている。

     実際、平成生まれの私の場合、中学校や高校の部活は自由参加の意味合いが強くあり、都市部の場合帰宅部員はどの学校にもいくらでも存在していた。ただ、地方だと部活動の参加率はとても高く、男・女別の統計上からもそれは読み取れる。



     7大都市圏のような都会の場合、部活動の代わりとなる存在はいくらでもある。運動部ならスポーツクラブを代用すればいいし、演劇やダンスや歌を学びたいならアクターズスクールがある。プロやアスリートを目指すための本格的な余暇サービスもあれば、サークル感覚で打ち込めて貧困層であっても気軽に参加できる地域活動までさまざまあある。人口が多い分それに見合った選択肢が用意されているため、もし部活動制度が廃止になっても、露頭に迷う子どもたちは多くない。



     しかし、地方の子どもたちにとっては、部活動の廃止は危機となる。

     朝練から放課後や休日に至るまで、中学高校生は毎日の膨大な時間を熱心に部活動に取り組んでいるのが地方・農耕社会では当たり前だが、その機会が失われて生ずる「膨大な暇」をいったいどうやって過ごすことになるだろうか。


     平成に入って地方では、少子・高齢化が顕著になっている。さらに21世紀になってからは県庁所在地ですら人口減少が当たり前となっており、経済活動の規模は縮小傾向にある。そこにスポーツクラブや文化のためのスクールがわざわざ進出することなどありえないのだ。



     たとえば、スポーツクラブ大手のコナミスポーツは富山・石川・福井の北陸3県には進出していない。ルネサンスや私もかつて通ったナスも同じである。

     カルチャースクールも同様だ。ヨークカルチャーセンターも北陸には未進出で、NHK文化センターや朝日カルチャーセンターも然り。よみうりカルチャーに至っては関東にしか存在していない。ちなみに北陸から一番近いアクターズスクールは長野市と名古屋市にあるようだ。到底、中高生が日帰りできる距離ではない。



     子どもからお年寄りまで幅広い世代を客層としたスポーツクラブやカルチャーセンターが、県庁所在地にも存在しないのが当たり前なのが地方なのだ。そうした場所でもし部活動の廃止したら、子どもたちは路頭に迷うことになる。また、仮にそれらが存在する地方都市であっても、地方の子どもを育てる親の年収はとても低い、雇用事情の問題もあるものの、それ以上に、地方は初婚年齢が低く、デキ婚が当たり前で、計画性のない結婚出産から成人式までにシングルマザーやファザーになる事例は何ら珍しいことではなく、出身高校の偏差値や家柄の良しあしに関係なく、平成時代の地方であれば一般的なことだ。

     一握りの恵まれた家庭でなければ、親が子どもをまともに余暇活動に投資する余裕などほとんどない。これが平成の地方の子どもを取り巻く環境の実態なのだ。



     部活動が正規の教育活動とされていた昭和後期といえば、校内暴力の時代である。珍走団やヤンキーカルチャーが一世を風靡していた。そうした非行を防止する狙いが部活動の教育活動としての義務化にあったのだ。結果、その中でももっともミーハーな活動である軽音部が「不良のたまり場」となったりしたこともあったそうだ。今の時代では考えられないことだ。



     裏を返せば、部活動というものを廃止にすることが、若者の非行助長につながるところもある。地方では若者のヤンキー化が進んでいる。北関東に行くと、東京や神奈川では20年前に見かけたような雰囲気の古典的な「オラオラ系崩れ」の若者がやたらめったら闊歩していて、巨大パチンコや巨大メガドンキなど彼らのレベルにあわせた猥雑なスポットが、住宅街のすぐそばにあったて四六時中賑わっていたりする。しかし、そんな彼らも中学や高校ではおとなしく部活動に打ち込んでいたのだ。



     ただでさえ都市部と比べ娯楽は乏しく、所得格差がある。長引く不況と少子高齢化がそれをより助長させた環境下で、部活動をなくせば、地域の秩序は崩壊してしまう。



     都市部に生きているとまったく気づかないことだが、若者の非行を防ぎ、かつ趣味と実益を兼ねた生きがいを与える上で部活動は重要な装置なのだ。プロのスポーツ選手や役者などの文化人になれたかもしれない人間が、生まれた場所の格差からヤンキー崩れたフリーターにしかなれない世の中が素晴らしいだろうか?

     都市部の学校に限ったことならともかく、部活を廃止にすることを称賛するなど、あまりにイカれた発想だろう。
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    ほとんどの生徒指導は部活がらみ

    ほとんどの生徒指導は部活がらみと言っても差支えない。

    明らかに子どもたちというものは,群れを作る。群れの最たるものが中学校の部活動であって,ややこしい。

    子どもたちはいろいろなストレスを抱えている。受験,仲間づくり,恋愛,容姿,家族問題など。

    このストレスを解消するために,様々ないじめや仲間外しを実行するのだが,この仕返しが陰湿であるがために,原因が複雑すぎてたまらない。一過性の問題行動ではないのだ。



    部活は,学校の管理 先輩の目 同級生の相互監視 下級生の反乱 など

    問題行動が起こるべくして起こる状況を作っている。 わざと問題行動を誘発してるのかと思う。

    大学出たての,競技経験なしの,ど素人顧問が指導できますか?? たまにいるのが不思議。

    ほとんどは鬱病まっしぐらとしか思えない。

    ふるいにかけるほど,人材豊富ではないぞ。ただ鬱病にならないようにバランス感覚のいい先生は多い。何とかして心身のバランスをとっているのだろう。


    いろんな先生がいて学校と思っている。ただ絶対条件として部活を嫌でも持つのが,理解できない。

    では部活がなくなると問題行動は減るのか?  力で押さえつけるマッチョ先生は,生徒指導の手段として部活を使えないだろう。

    しかし部活の先生を妄信的に信じて,他の先生を差別している者もたまに見受けられる。(たまにではない。多い。)

    さて,本来のあり方は部活ではないだろう。

    そもそも部活は,先生にとって
    勤務時間外 
    職務ではない
    任意

    である。

















    特に,中学校・高校なぜ学校対抗を続けるのだ?

    社会体育に移行

    かなり昔から,小中高で論じられてきて,うまくいかない。

    先生たちの情熱

    もしくは何かの利権??

    特に,中学校・高校なぜ学校対抗を続けるのだ?



    引用

    http://www.47news.jp/localnews/kumamoto/2014/01/post_20140125163227.html

    小学校の部活、社会体育移行を 県教委検討委 

     県教委の「運動部活動とスポーツ活動のあり方検討委員会」(北井和利委員長、11人)は24日、県… [記事全文]

    2014/01/25 15:00 【熊本日日新聞】
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    プロフィール

    乾 東一郎 (いぬい とういちろう)

    Author:乾 東一郎 (いぬい とういちろう)
    乾(いぬい)は多くの先生の意見や寄稿をブログに打ちかえています。
    !(^^)!関西を愛しています。  
    サイト主の記事と代筆で構成。

    教育時事ネタ,授業,部活,社会体育,貧困,うつ病,大阪記事。

    うつ病の先生をなくしたい。

    部活動を地域に移行したい。
    学校対抗をやめて,地域対抗にしたい。
    部顧問したい先生は地域で指導しなされ派。



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